71番歌~80番歌
夕
ゆう
されば
門田
かどた
の
稲葉
いなば
おとづれて
葦
あし
のまろやに
秋風ぞ吹く
大納言経信
だいなごんつねのぶ
夕方になると、家の前にある田の稲葉を音をたてて、 葦葺きのそまつな小屋に秋風が吹き訪れることよ。
音にきく
高師
たかし
の浜の
あだ波は
かけじや
袖
そで
の
ぬれもこそすれ
祐子内親王家紀伊
ゆうしないしんのうけのきい
評判の高い高師の浜の寄せてはかえす波で、 袖を濡らさないようにしましょう。(移り気だと、噂の高いあなたに思いをかけて、わたしの袖を濡らさないように)
高砂
たかさご
の
尾上
おのえ
の桜
咲きにけり
とやまのかすみ
たたずもあらなむ
前中納言匡房
さきのちゅうなごんまさふさ
高砂の峰にも桜の花が咲いたようだから、(その桜を見たいので) 手前の山の霞よ、どうか立たないようにしてくれないか。
憂
う
かりける
人を
初瀬
はつせ
の
山おろしよ
はげしかれとは
祈
いの
らぬものを
源俊頼朝臣
みなもとのとしよりあそん
私に冷たかった人の心が変わるようにと、初瀬の観音さまにお祈りしたのだが、初瀬の山おろしよ、そのようにあの人の冷たさがいっそう激しくなれとは祈らなかったではないか…
ちぎりおきし
させもが
露
つゆ
を
いのちにて
あはれことしの
秋もいぬめり
藤原基俊
ふじわらのもととし
あなたが約束してくださった、させも草についた恵みの露のような言葉を、命のように恃んでおりましたが、それもむなしく、今年の秋もすぎてしまうようです。
わたの原
こぎいでて見れば
ひさかたの
雲ゐにまがふ
沖
おき
つ
白波
しらなみ
法性寺入道前関白太政大臣
ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん
大海原に船を漕ぎ出してみると、遠くの方では、雲と見わけがつかないような白波が立っているのが見える。(まことにおもしろい眺めではないか)
瀬
せ
をはやみ
岩にせかるる
滝川
たきがわ
の
われても
末
すえ
に
あはむとぞ思ふ
崇徳院
すとくいん
川の流れが早いので、岩にせき止められた急流が時にはふたつに分かれても、またひとつになるように、わたし達の間も、(今はたとえ人にせき止められていようとも)後にはきっと結ばれるものと思っています。
淡路島
あわじしま
かよふ
千鳥
ちどり
の
鳴く声に
幾夜
いくよ
ねざめぬ
須磨
すま
の
関守
せきもり
源兼昌
みなもとのかねまさ
淡路島から通ってくる千鳥の鳴き声に、幾晩目を覚ましたことであろうか、この須磨の関の関守は…。
秋風に
たなびく雲の
絶
た
え
間
ま
より
もれいづる月の
かげのさやけさ
左京大夫顕輔
さきょうのだいぶあきすけ
秋風に吹かれてたなびいている雲の切れ間から、もれでてくる月の光は、なんと清らかで澄みきっていることであろう。
長
なが
からむ
心も知らず
黒髪の
乱れてけさは
ものをこそ思へ
待賢門院堀河
たいけんもんいんほりかわ
あなたの心は末永くまで決して変わらないかどうか、わたしの黒髪が乱れているように、わたしの心も乱れて、今朝は物思いに沈んでおります。