51番歌~60番歌

かくとだに
えやはいぶきの
さしも草

さしも知らじな
ゆる思ひを

藤原実方朝臣ふじわらのさねかたあそん

これほどまで、あなたを思っているということさえ打ち明けることができずにいるのですから、ましてや伊吹山のさしも草が燃えるように、私の思いもこんなに激しく燃えているとは、あなたは知らないことでしょう。

明けぬれば
るるものとは
知りながら

なほうらめしき
朝ぼらけかな

藤原道信朝臣ふじわらのみちのぶあそん

夜が明ければ、やがてはまた日が暮れてあなたに会えるものだと分かってはいても、やはりあなたと別れる夜明けは、恨めしく思われるものです。

なげきつつ
ひとりぬる夜の
くるまは

いかにひさしき
ものとかは知る

右大将道綱母うだいしょうみちつなのはは

(あなたが来てくださらないことを) 嘆き哀しみながらひとりで夜をすごす私にとって、夜が明けるのがどれほど長く感じられるものか、あなたはいったいご存じなのでしょうか。

忘れじの
ゆく末までは
かたければ

けふをかぎりの
いのちともがな

儀同三司母ぎどうさんしのはは

いつまでも忘れまいとすることは、遠い将来まではとても難しいものですから、(あなたの心変わりを見るよりも早く) いっそのこと、今日を最後に私の命が終わって欲しいものです。

滝の音は
えて久しく
なりぬれど

名こそ流れて
なほ聞こえけれ

大納言公任だいなごんきんとう

水の流れが絶えて滝音が聞こえなくなってから、もう長い月日が過ぎてしまったが、(見事な滝であったと) その名は今も伝えられ、よく世間にも知れ渡っていることだ。

あらざらむ
この世のほかの
思ひ出に

いまひとたびの
あふこともがな

和泉式部いずみしきぶ

私はもうすぐ死んでしまうことでしょうが、私のあの世への思い出になるように、せめてもう一度なりともあなたにお会いしたいのです。

めぐりあひて
見しやそれとも
わかぬまに

雲がくれにし
夜半よわの月かな

紫式部むらさきしきぶ

久しぶりにめぐり会ったのに、それがあなたかどうかも分からない間に帰ってしまうなど、まるで (早くも) 雲に 隠れてしまった夜中の月のようではありませんか。

ありま山
ゐなの笹原ささはら
風吹けば

いでそよ人を
忘れやはする

大弐三位だいにのさんみ

有馬山のふもとにある猪名の笹原に風が吹くと、笹の葉がそよそよと鳴りますが、そうです、その音のように、 どうしてあなたを忘れたりするも のでしょうか。

やすらはで
なましものを
ふけて

かたぶくまでの
月を見しかな

赤染衛門あかぞめえもん

(あなたが来ないと知っていたら) さっさと寝てしまえばよかったものを、(あなたの約束を信じて待っていたら) とうとう明け方の月が西に傾くまで眺めてしまいました。

大江山おおえやま
いく野の道の
遠ければ

まだふみもみず
あま橋立はしだて

小式部内侍こしきぶのないし

(母のいる丹後の国へは) 大江山を越え、生野を通って行かなければならない遠い道なので、まだ天橋立へは行ったことがありません。 (ですから、そこに住む母からの手紙など、まだ見ようはずもありません)